3年ぶりに息子が会いに来てくれました。
どんなことでも子どもに会えるのはこの上なく嬉しいことです。
そんな息子も一緒に住んでいる頃、
「お父さんは何も言ってくれない。もっと言って欲しい。」
とこぼしていたことを覚えています。
難しい年ごろで、言えば言うなと言うし、言わなければ言わないでもっと言って欲しいとも言うし、なかなか難しいもんだと思っていました。
主体性と人格を尊重して
自分で考え、自分で決めて、自ら行動する。
そんな子どもであって欲しいと、また自分自身もそうやって生きてきました。
その結果、何でも自分で決めて、何でもやってみる、たくましい子どもに育ちました。
それには、こちらも余計なことは言わず、子どもの主体性と人格を尊重し、見守ることも多かったように思います。
その結果が、先述の「お父さんは何も言ってくれない。もっと言って欲しい。」につながったのではないかと思います。
こちらは見ているつもりでも、見てくれていないと感じさせてしまっていたのかもしれません。
愛しているよというメッセージも小さいころに比べたら少なくなってしまっていたと思います。
そんなことは求めていないと思いながらも、それでも見ていて欲しい、言ってくれなきゃ愛しているのか愛してないのかわかんない、そんなことかとも思います。
対象に応じて働きかけを変える
これは子どもによって変えるだけではなく、その子によっても、日々成長し、変化し続けることに対応しなければいけないということだと思います。
それが少しおろそかになっていたのかもしれません。
日々成長している子どもの変化に対応しきれていなかったのかもしれません。
子どもの成長はめまぐるしく、その変化についていってなかったのだと思います。
信頼に頼った関係は危うい。
ちゃんと言葉にして伝えていただろうか。
こちらが思っているのと相手が感じていることは同じとは限らない。
正解はありません。
ただ答えのない問いに対して、必死になって、真剣に向き合おうとしているかどうか。
それを突き付けていたのかもしれません。
子どもとの関係は信頼ベース。
でも、その信頼に頼り切った関係はもろく、危うい。
ちゃんと言おう。
ちゃんと伝えよう。
それは時にうざがられたり、無視されたりすることも多々あることだろう。
でも、それを恐れないということ。
何か言われるからと恐れるがあまり、世界でもっとも大事な存在を粗末にされていると感じさせることのないよう、なるべくなら精度高く働きかけていきたいものです。
