遊びを大事に、と言うと、「じゃあ、保育者はあまり働きかけない方が良いんですね。」と言う言葉が返ってくる。
とんでもない。
働きかけなくていいなら、こんな仕事はいらなくなる。
陰に日なたに積極的に働きかけなくてどうする。
その働きかけの質が問われているのである。
まずは、環境設定。
これ、かなり大事。
子どもが遊びたくなるような魅力的な環境を設定しているか、これで大きく決まると言ってもいい。
遊びたくなるような、遊べる環境も用意しないから、保育者、いろいろ、働きかけないと喧嘩が起きる、だから自由な遊びはだめですよね、となる。
そうじゃない。
子どもが自ら遊びたくなるような、遊べる環境を用意しておけば、子どもは自ら環境に働きかけていく。
保育者はそれを観察して、応答的に働きかけて、子どもがより良く育つよう援助すればいい。
この応答的、というのも結構難儀。
これまでの保育を定型的というか、これをやって、これをやって、そして、こうやる、みたいな、タイムスケジュールに従って、課題をこなしていく保育の時にはそれでもよかった。
あらかじめ、保育者がやるべきことが決まっていたから。
子どもの反応がどうとか、は別で、やるべきことをこなしてから、後から振り返って、子どもの反応はこうだった、次はこうした方がいい、みたいな振り返りだったが、それじゃ子どもの動きについていけない。
子どもはどんどん動くし、反応も様々なので、その場で応答的に考えて、分析し、働きかけていく応答的な保育が求められている。
と言うより、そうしないと、子どもにはついていけないでしょ。
観察と応答、それの循環。
これを観察と応答の循環型保育と呼ぼう。
これを現場で咄嗟に、何回も行うことで、子どもの反応に対するこちらの働きかけの精度がどんどん高まっていく。
こちらの働きかけが外れることが少なくなるから、保育がスムーズに進む。
子どもは興味関心に応じて、魅力ある環境に自ら働きかけていく。
その反応を見て、保育者はより遊びが豊かになるように、より学びにつながるように、環境を再構築したり、働きかけていく。
まさに、働きかけていくこと満載なのである。
スマホなんか見ている暇なんかあるはずがない。
保育者はどんどん働きかけよう。
それがうまくいくかどうかなんて、トライアンドエラーを繰り返し、子どもに働きかけていかない限り、分かるはずもない。
もっともっと働きかけよう。
トライアンドエラーを繰り返し、振り返り、反省し、正しく分析し、次にフィードバックを繰り返していけば、絶対に良くなる。
保育者はもっと子どもに働きかけよう。

