正しさを捨てる。
なかなか難しいことだなと思います。
人は誰しも、自分にとっての正しさを持っていると思います。
自分の正義と相手の正義。
どちらが正しいということではなく、それぞれの立場、状況、背景もあると思います。
その正しさは、その人にとっての正しさであり、そうでない人にとっては、不幸にすることもあるのではないかということです。
正しさを押し付ければ、相手は不幸になる。
では、正しさは主張しない方がいいのでしょうか?
私はそうは思いません。
誰しも、意見を言う権利があります。
また、有益な情報は他人にとっても有益となる場合があります。
人とは違う意見でも、言うべきこと、言わなくてはいけないことというのはあると思います。
言い方が大事なのです。
何でも言えばいいというものでもないけど、言わないわけにもいかない。
言わないで、波風を立てないということもあるかもしれないけど、それでは双方にとって成長につながらない。
寝た子を起こすな、沈黙は金、などと、日本では何でもべらべらしゃべらない、ということが美徳だとされてきました。
確かに余計なことを言って、人を傷つけたり、後悔することは誰しも身に覚えがあることでしょう。
でもそのことと、大事なことも言わない、伝えようとしないのは、本質的に違うように思います。
私たちのように、外に向かって発信する立場の者にとって、自分たちが主張するその意見は、正しさの押し付けではないかという自問自答、検証は常に必要だと思います。
その意見は常に誰かを傷つける可能性があるからです。
でも、だからといって、意見を言わないのは、本当の意味で、他者に対する思いやりがあるとは言えないと思います。
もしかして誰かを傷つけるかもしれない恐れがあったとしても、自分の意見を表明し、他者との対話の機会を作るのです。
その時に、常に、「私の意見は相手を幸せにしているだろうか」「正しさの押し付けではないだろうか」という自問を重ね、開かれた意見の場でありたいと思います。
その正しさは人を幸せにしているだろうか

